東京地方裁判所 昭和51年(特わ)1064号 判決 1976年7月09日
主文
被告人を懲役六月に処する。
この裁判の確定した日から二年間右刑の執行を猶予する。
押収してある大麻草一袋を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、
(一) 法定の除外事由がないのに、昭和五〇年一月一一日大麻草約一〇・九グラムを携帯して香港空港からパン・アメリカン航空○○二便に搭乗し、同日午後一時三七分ころ東京都大田区羽田空港二丁目五番六号東京国際空港に到着して本邦内に持ち込み、もって大麻を輸入した。
(二) 大麻を密輸入しようと企て、前同日、前記パン・アメリカン航空○○二便に搭乗して同日前同所に到着した際、同日午後二時三〇分ころ同空港内東京税関羽田税関支署旅具検査場において、旅具検査を受けるにあたり、外国製大麻である前記大麻を所携のカメラ機械鞄内に隠匿所持していたにもかかわらず、同支署係官に対し、申告すべきものは携帯品申告書記載の酒類等以外何もない旨虚偽の申告をし、もって税関長の許可を受けることなくこれを輸入しようとしたが、同支署係官に発見されたためその目的を遂げなかった
ものである。
(証拠の標目)≪省略≫
(法令の適用)
一、該当罰条と刑種の選択
判示第一の所為……大麻取締法二四条二号、四条一号
同 第二の所為……関税法一一一条二項、一項(懲役刑を選択)
一、併合罪加重……刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(同法四七条但書の制限内で重い判示第一の罪の刑に加重)
一、執行猶予……刑法二五条一項
一、没 収……関税法一一八条一項、三項一号イ
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は判示第一の事実につき本件の如く大麻を携帯して、いわゆる税関空港に到着した場合には税関の関門を通過しない限り税関長の実力的管理下にあるから関税法上と同様に大麻取締法においても輸入は未遂と評価すべきところ、大麻取締法には未遂を処罰する規定が存しないので被告人は無罪であると主張するのである。しかし関税法上の輸入の概念は同法の立法趣旨が関税の徴収という税法の側面と貨物の輸出入についての通関秩序の維持の側面の両面にあることによって自ら規制されており、右目的に合致する輸入の定義として同法は「貨物の引取り」の概念を用い、貨物が本邦内に入った後事実上関税法上の拘束をはなれて内国貨物として自由流通の状態となる時点をとらえているのである。そのため関税徴収手続、通関手続の便宜を考慮して税関空港における旅具検査場までの場所あるいは保税地域、保税倉庫等を設け、本邦内であっても輸入既遂とならない地域を人為的に設けているのであるが、大麻取締法は大麻濫用による保健衛生上の危害を防止することにその主たる立法趣旨があるものと思われ、輸入罪についても本邦への搬入(航空機による場合は着陸後機外持出)によって十分濫用の危険が生ずるのであるから仮に税関を通過していなくても輸入既遂として評価すべきである。大麻というそもそも国内での自由流通が絶対的に予定されない禁制品について、主として貨物の自由流通をさせない意味での税関長の実力的管理を問題にする余地はなく、従っていまだ市場に流通する状態にないからといって貨物の引取り時点すなわち本邦内のいわゆる通関線の突破時まで大麻取締法にいう輸入の既遂時期を遅らせて解釈することは相当でないと考える。よって弁護人の主張は採用できない。
(量刑の事情)
被告人は昭和五〇年一月一一日はじめてインドへ海外旅行をし、その際ボンベイで海外であるとの解放感と好奇心から街頭の少年を介して本件大麻草を購入して、インド滞在中は喫煙せず、帰国後喫煙を試みようと考えて本件に至ったものであるが、被告人には従前大麻喫煙の経験も伺われず昭和四三年に高校を卒業して以来真面目な電子技術者として勤務していることが認められ、また事件の捜査公判を通じて十分反省し大麻に対する安易な認識も改められ再犯のおそれがないこと、幸い大麻の量はさほど多いとは言えず、実害も生じなかったことなど諸般の情状を考慮して主文のとおり量刑した次第である。
よって主文のとおり判決する。
(裁判官 安原浩)